Real

先人は言う。

 

 

「いい加減 現実を見たらどうだ。

    もうしっかりする歳だろうが。」

 

 

薄暗く狭い部屋に

 

 

荒く震えた声が静かに響いた。

 

 

部屋に唯一ある窓からはビルやその駐輪場

 

 

楽器屋や不動産屋が立ち並ぶ。

 

 

若者は応える。

 

 

 「年齢に相応しい行動をとらなかったら

     捕まるのか?はたまた殺されるのか?」

 

 

その声は自信に満ち溢れていた。

 

 

しかし

 

 

その若者もやがて "先人" となるのだろう。

 

 

先人は、まるで過去の自分を

 

 

客観的に見ているような感覚に陥った。

 

 

「そうか...。後から後悔するなよ。

   

 

   (俺のように...)」

 

 

そう。先人もかつては若者と全く同じ道を

 

 

歩んできたのであった。

 

 

だからこそ、"気づいてしまったとき"の

 

 

絶望を知っていた。

 

 

それでも

 

 

若者は今に歯向かう

 

 

そして

 

 

若者はこう言い放った。

 

 

 

 

 

「俺は絶対に

 

 

 

 

 

   ...

 

 

 

 

 

   美人OLが所有する自転車のペダルになる!」

 

 

そうして、若者は駐輪場へと向かった。

 

 

部屋に1人残った先人は、呟いた。

 

 

「ペダル派て...」

 

 

 

 

 

 

 

はい。

 

 

こんなくだらない話はさて置き

 

 

よく夢を追う若者の周りで

 

 

「30まではやりたいようにやれ」

 

 

とか

 

 

「25で芽が出なかったら辞める」

 

 

などの言葉を聞くんですが

 

 

これは当然、そのプロジェクトに対して

 

 

コップに表面張力が起こるレベルまで

 

 

水を注ぐように、努力するという前提で

 

 

成立する言葉だと思うんです。

 

 

「30までは遊び尽くすぜ!」

 

 

とした場合、部屋で動画ばっか見たり

 

 

寝たりしていたら

 

 

遊び尽くせないのではないか。

 

 

常に自分を戒めて

 

 

少しでも時間が空いたら

 

 

ボウリングへ行き

 

 

1日時間が確保できれば

 

 

行ったことのない地方へ旅行に行き

 

 

バイト中に少しでも暇があれば

 

 

タップダンスをする。

 

 

しかし誰しもが人の子。

 

 

ちょっぴり落ち込んで

 

 

どこまでも堕ちてゆきたい気分のときもある。

 

 

だが、甘えは許されない。

 

 

鏡の前で無理矢理 笑顔を作り

 

 

自分に鞭を打って外出し

 

 

学区の運動会のリレー大会に

 

 

参加しなければならない。

 

 

こうした鋼鉄の努力により

 

 

30までを遊び尽くすのである。

 

 

トウモロコシをド神経質に綺麗に食べた後

 

 

中の硬い芯みたいなやつまで

 

 

ゴリゴリ食べる。

 

 

そんな感覚だ。

 

 

もし25までにペダルになりたいなら

 

 

仮装大賞ばりのコスプレをしてみたり、

 

 

受け取った刺激を転送して

 

 

あたかも体に刺激を受けたかのような感覚を

 

 

得られるマシンを開発して

 

 

ペダルにくっつけてみたりと

 

 

臥薪嘗胆を繰り返してはじめて

 

 

25で諦める意義がある。

 

 

ここまで読んで "気づいた" 人も

 

 

いるのではないだろうか。

 

 

そう。

 

 

俺が話したいのは

 

 

こんな話じゃない。

 

 

通行人J「いい加減現実を見たらどうだ!」

 

 

すいません(´-`)

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